大手IT企業から、医療ベンチャーへ。ITの力で、ファストドクターの成長を加速させる。ーファストドクター共同代表・水野敬志さんインタビュー【前編】
2016年、夜間往診プラットフォームを提供する「Fast DOCTOR(ファストドクター)」の立ち上げ直後から、医師である菊池亮さん(以下菊池)と共同代表を務めている水野敬志さん。
大手IT企業・楽天グループ株式会社(以下楽天)からベンチャー企業へ参画した理由や、共同代表として見据えるファストドクターの展望についてお話を伺いました。
大手IT企業からの転向。医療業界のベンチャーで、経営のプロができること
──水野さんが共同代表となった経緯を教えてください。
もともと、ファストドクターにジョインする前は、楽天でデジタルマーケティングやUX改善の分野に携わっていました。
楽天退職後は介護業界で起業しようと思い、ITx経営コンサルタントのスキルを活かして複数のベンチャー企業の支援を行なっていましたが、その中で出会ったのがファストドクターと、代表医師を務める菊池です。
菊池は、医療の中でも特に「救急」の世界でプロ中のプロ。自身の理念をしっかり確立しており、展開している夜間往診プラットフォームもユーザーからの満足度が高いものでした。
ですが、そこには「(夜間往診を)どのようにビジネスとして、持続可能なものにしていくか」という視点がまだ抜けていて。前職で培った経験から、僕はその視点で貢献できると感じたため、共同代表として就任しました。
現在、医療に関しては菊池、経営に関しては僕が責任者となり、役割分担をしています。
──なるほど。経営コンサルタント時代は数多くのベンチャー企業の支援を行なってきたとのことですが、そもそも、介護・医療業界に興味を持ったきっかけは何だったのでしょう?
僕の祖母は亡くなるまで10年ほど、地元・愛媛県の介護施設に入っていたんです。
僕が東京で仕事をするかたわら、地元では祖母の介護をしてくれている人がいる。「日本を変える!」と意気込みながらも、いま日本で最も重視されている医療・介護の問題には見て見ぬ振りをしているような歯がゆさがありました。
また、楽天時代、「何百人もの人手が必要だった仕事が、ITを使えば一瞬で完結する」といったテクノロジーのすごさを数え切れないほど目にしてきたんです。この技術を、慢性的に人手不足である医療・介護業界に活用したいとも思っていましたね。
──とはいうものの、大手企業からベンチャー企業へ転向するにあたり、不安はなかったですか?
もちろん、不安はありました。家族もいましたし、退職すれば年収が激減することもわかっていましたから。
ですが、そんなときに妻がかけてくれた「MBA(経営学修士)を取得しに行ったと思えばいいんじゃない?」という言葉が胸に響いたんです。
確かに、MBAを取得しに行くのと同程度、あるいはそれ以上のものが得られると思えて。この一言で決心することができました。
小さな課題を「見える化」し、問題解決に臨んだ。今後はIT技術をより積極的に活用していきたい
──その後は共同代表として経営改革に取り組まれていますよね。課題が山積みだったのではないですか?
はい、その通りです。まず、ありとあらゆる課題の”見える化”ができていませんでしたね。
中でも衝撃だったのが、患者対応のコールセンターで2018年頃に生じていた「入電(患者さんからの電話を受けること)に対し、応答率が2%と極端に低い」という問題です。
誰もこの数字について言及していなかったのですが、「最近、口コミが広まり入電が増えているとはいえ、この数字はあまりにもおかしい」と思い確認したところ、なんと「オペレーターの電話設定が間違っていた」という単純なことで、応答率が極端に下がっていたんです。
──ユーザーである患者さんの大事な入り口なのに、誰も見える化できていなかったと。
はい。限られたスタッフ数で電話対応を行なっており、人的リソースが足りていなかったのも問題でした。
よって、その後は人員の採用・教育・システムの設定・システムの入れ替えなどあらゆる施策を行ない、応答率を80%にまで回復させたんです。
一気に数字が上がったため、”自分がコミットして価値を出し続けることで、この会社と事業はより良くなっていく”と確信が持てましたね。
──小さな課題を見える化し、問題解決に取り組んでいったんですね。今後、DX分野で挑戦していきたいことはありますか。
3つあります。まずなによりも、「DXによる医師の働き方改革」です。
ファストドクターの医師は患者宅という通常とはかなり異なる過酷な環境で診察を行います。さらに、①事務員としての保険証の本人確認、②医師としての問診・診察、③看護師としての検査、④薬剤師としての処方という、1人で4役をこなしています。結果、1人の患者に35分の時間がかかっています。ここをマイナンバーカードによるデジタル認証や、音声入力カルテ、RFIDタグによる調剤結果の自動登録など多くのDXポテンシャルがあります。ファストドクターにとってのDXはDoctor Experienceの改善といっても過言ではないです。
2つ目は、「患者さんの入電から、診察開始までの時間を短くする」ことです。
現在は、最初に電話を取ってから医師が患者宅に到着するまで平均で1時間20分ほどかかっています。AIを活用して「①患者さんの問診を短くする」「②移動ルートの最適化を行う」「③統計的な需要予測に基づいて医師の配置を適正化する」といった施策を実施し、平均45分にまで短縮していけると思っています。この45分という目標はとても重要で、救急車の出動を要請してから救急病院で医師が診察を開始するまでの平均時間と同等です。
3つ目は、「患者情報の地域医療との連携」です。
今の日本の救急医療は、非常に限られた患者情報をベースに診察するのが一般的です。ファストドクターでは事前に併存疾患や常用薬などを会員情報として登録いただくことで、より適切な救急医療を提供できるようにしていきたいと考えています。また診察後は全症例、紙の診療情報提供書を発行して地域医療と連携できるようにしていますが、電子カルテと紙の二重入力で負担になっています。事前情報、診療、診療後のフォローアップについて、ファストドクターと地域医療の間をスムーズにつなげることで、患者さんと医療機関の双方にとっての負担を軽減することができます。
今後、世界を驚かせるようなイノベーションはたくさん出てくると思います。ですが、それらを生み出して終わりではなく、実際にソリューションとして提供するところまで出来るのが、僕らファストドクターの強みです。
▶ 後編へ続く
<取材= 高橋まりな 文=小泉京花 撮影=Yuki Tsunesumi 編集=FastDOCTOR / staff note>